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東京地方裁判所 平成6年(ワ)1162号 判決

原告

高橋嘉信

右訴訟代理人弁護士

伊佐次啓二

山下淳

被告

株式会社東京スポーツ新聞社

右代表者代表取締役

太刀川恒夫

右訴訟代理人弁護士

中村尚彦

被告

菊池久

右両名訴訟代理人弁護士

山田有宏

丸山俊子

松本修

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、被告株式会社東京スポーツ新聞社の発行する「東京スポーツ」「大阪スポーツ」「中京スポーツ」「九州スポーツ」各紙に別紙第一記載の謝罪広告を、別紙第二記載の掲載条件で、各一回掲載せよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、別紙第三記載の内容の謝罪広告を、同記載の条件で、各一回掲載せよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(両被告共通)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、平成二年より衆議院議員小沢一郎(以下「小沢」という。)の公設秘書を勤め、事実上の第一秘書として小沢の公務に関する事務全般を統括している者である。

(二)  被告株式会社東京スポーツ新聞社(以下「被告会社」という。)は、「東京スポーツ」「大阪スポーツ」「中京スポーツ」「九州スポーツ」を発行している新聞社である。四紙の紙面は地方記事を除き同一で、総発行部数は二三〇万部を超えている。

(三)  被告菊池久(以下「被告菊池」という。)は、新聞、雑誌に政治に関わる記事を提供することを業とする政治評論家である。

2(一)  被告菊池は、被告会社の発行する「東京スポーツ」他前記三紙の連載記事「永田町の熱闘」欄に、左記のとおりの見出しのもと、別紙第四及び第五のとおりの記事を掲載した。

(1) 平成五年一二月八日付記事(別紙第四。以下「本件第一記事」という。)

「小沢の公設第1秘書が東京地検の取り調べ受けた」

「不況対策どころじゃない!!ゼネコン疑惑の火の粉払うのに懸命」

(2) 平成六年一月八日付記事(別紙第五。以下「本件第二記事」という。)

「ゼネコンから小遣い3千万円小沢秘書高橋にも金銭疑惑」

「小沢後援会から月額100万円過去3年間に渡り“せしめる”」

(二)  本件第一記事、本件第二記事(以下まとめて「本件記事」という。)は、小沢自身にふりかかるゼネコン疑惑なるものに関して、原告が東京地検の取り調べを受けた(本件第一記事)、小沢を支援する岩手県内の任意団体である「桐松クラブ」の運営会費年額一一四〇万円は原告の私的費用として同クラブから提供されているものである(本件第二記事)とするものであり、いずれも原告の社会的評価を低下させるものである。

3  本件記事の全ては、原告及びその関係者への取材に基づかない架空の捏造記事であり、原告及び小沢を揶揄と軽蔑の対象とし、その信用を傷つけようとする害意に満ちた稀に見る悪質な名誉毀損を構成する。

誠実なジャーナリストが取材の努力を尽くした上で真実性に自信を持って記事を掲載したが、その真実性を法廷で立証できないために名誉毀損の責任を問われるといった場合と本件では違法性に格段の差がある。

以上に鑑みれば、原告が被った損害は極めて重大である。原告は金銭による賠償を受けることを潔しとせず、あくまで名誉の回復を求めるものである。

よって、原告は、被告らに対し、請求の趣旨記載の謝罪広告の掲載を求める。

二  請求原因に対する答弁(両被告共通)

1  請求原因1(一)の事実は不知。同1(二)(三)の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実は否認する。

本件第一記事は、原告が被疑者として取り調べを受けたと断定するものではなく、単に取り調べを受けたという情報が存在するという内容であり、また疑惑を受けているのはあくまでも小沢であって原告ではないから、原告の社会的評価を低下させるものではない。

本件第二記事は「桐松クラブ」の会費が手つかずに原告に預けられているという事実を報じたものであって、原告がそれを実際に小遣いとして費消した等、使途についての具体的事実を明確かつ断定的に報じたものではない。

3  同3は争う。

三  抗弁

1  (被告菊池の抗弁)

(一) 民事上の不法行為である名誉毀損については、その行為が公共の利害に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときには右行為は違法性がなく、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者において右事実を真実と信ずることについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局不法行為は成立しない。

(二) 本件は、国民の監視下に置かれるべき政治家と大手企業の癒着と金銭的疑惑を報じた記事であり、民主主義の実現のためにかかせない表現の自由を尊重するためにも、「公務員及び公的人物は、報道が現実的悪意をもって、それが偽りであることを知るか又は偽りであるか否かを無謀にも無視して行われたものであることを立証しなければならない」というアメリカで確立された「現実的悪意」の法理を適用すべき事例である。

(三) 本件記事は、衆議院議員の職にある小沢の公設第一秘書である原告と大手ゼネコンの癒着と金銭疑惑を報道したものであり、公共の利害に関する事実である。

(四) 本件記事掲載の目的は、国権の最高機関であり唯一の立法機関である国会の衆議院議員の職にある小沢の公設第一秘書である原告と大手ゼネコンの癒着の疑惑を報道し、国民の知る権利に応えることにあり、専ら公益を図ることを目的としたものである。

(五)(1) 本件第一記事は、原告が東京地検特捜部の取り調べを受けたことを断定的に報じたものではなく、原告が取り調べを受けたという情報が霞が関周辺において「飛び交っている」旨を報じたものに過ぎない。

被告菊池は、原告が東京地検特捜部の取り調べを受けたか否かについて、ゼネコン事件を担当する新聞社の取材記者及び現職国会議員に確認を求め、原告が取り調べを受けた旨の情報を確認した上で、そのような情報が「飛び交っている」ことを報じる本件第一記事を執筆した。

(2) 本件第二記事は、岩手県内のゼネコン一九社で組織する小沢後援会「桐松クラブ」の年会費一一四〇万円が原告にその用途を委ねるとの趣旨で「手つかずに高橋に預けられている」という事実を報じたもので、原告が実際にこれを小遣いとして費消したこと、あるいはその使途などについて具体的事実を断定的に報じたものではなく、その主眼は小沢もしくは原告が後援会組織である同クラブを利用してゼネコン各社から金集めをしていたという事実にある。

被告菊池は、同クラブ会員会社の幹部社員による内部告発に端緒を得、同クラブ会員名簿より、同クラブがゼネコン各社から構成されていること及び「窓口担当秘書」として原告の名前が記載されていることを確認し、さらに平成五年夏の総選挙における小沢ゼネコン選対名簿を入手して、ゼネコン各社が小沢の当選に大きな役割を果たしていることを確認した。

被告菊池は、これらの文書により、岩手県においても公共工事の受注に関して疑惑があるものと感じ、「桐松クラブ」に関心を持った。その上で、被告菊池は同クラブ会員会社の幹部社員、岩手県の政界関係者から、過去三年間原告にその使途を委ねるという趣旨で同クラブの年会費一一四〇万円が「手つかずに原告に預けられている」という事実を直接に聞いて確認し、本件第二記事を執筆した。

(3) したがって、本件記事の内容はいずれも真実であるか、又は真実と信ずるについて相当な理由が存在する。

2  (被告会社の抗弁)

本件記事は「永田町の熱闘」と題する連載記事のそれぞれ第一一七二回及び第一一九四回であり、被告菊池はそれ以前にも別個のタイトルで約三〇〇回「東京スポーツ」に記事を執筆したことがある。

被告菊池は昭和三三年から同五九年にかけて読売新聞の記者を勤め、政治記者としての経歴はそのうち一三年に及び、政治を扱った著書も相当な数に及ぶ信頼性の高い政治評論家である。本件記事は被告菊池が自己の責任で作成し、被告会社は記事の内容に沿ったタイトルを付したのみである。

被告会社は、信頼性の高い政治評論家に紙面を提供したのみであるから、過失ないしは違法性がない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1について

(一) 抗弁1(一)は認める。

(二) 同(二)は争う。

(三) 同(三)(四)の事実は否認する。

(四)(1) 同(五)(1)の事実のうち、被告菊池がゼネコン事件を担当する新聞社の取材記者及び現職国会議員に原告が取り調べを受けたという情報の真否を確認したことは不知。その余は否認ないし争う。

(2) 同(五)(2)の事実のうち、「桐松クラブ」の会員会社の幹部社員より被告菊池に対し内部告発があったこと、被告菊池が同クラブ会員会社の幹部社員、岩手県の政界関係者から過去三年間原告にその使途を委ねるという趣旨で同クラブの年会費一一四〇万円が「手つかずに原告に預けられている」という事実を直接に聞いて確認したことは不知。その余は否認ないし争う。

2  抗弁2について

抗弁2の事実のうち、本件記事は「永田町の熱闘」のそれぞれ第一一七二回及び第一一九四回であることは認める。被告菊池の執筆記事の信頼性が高いことは否認する。その余は不知。過失ないし違法性がないとの主張は争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  (請求原因について)

1  請求原因1(二)(三)及び同2(一)の各事実については当事者間に争いがなく、同l(一)の事実は〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によって認めることができる。

2  そこで、同2(二)の事実、すなわち本件記事が原告の名誉を毀損するものであるかどうかについて判断する。

(一) 新聞記事による名誉毀損の成否は、一般読者の通常の注意と読み方を基準にして、当該記事全体が読者に与える印象によって判断するのが相当である。

(二)  〈証拠〉によれば、本件第一記事は、「小沢の公設第一秘書が東京地検の取り調べ受けた」「不況対策どころじゃない!!ゼネコン疑惑の火の粉払うのに懸命」との見出しのもと、「小沢の公設第1秘書高橋嘉信が、ここ2、3日、東京地検特捜部の取り調べを受けた―という極秘情報が霞が関(最高検周辺)で飛び交っている。」との記載がある。

一般読者の通常の注意と読み方をもってこれを見れば、本件第一記事は、小沢が大手総合建設業者との金銭的癒着、いわゆるゼネコン疑惑を受けており、東京地検特捜部が捜査に乗り出し、小沢の公設第一秘書たる原告がそれに関連して取り調べを受けているとの意味内容のものとして読み取ることができ、一般読者は原告がゼネコン疑惑という巨大な汚職事件にかかわっているか、その疑いが相当程度に確かであるとの印象を受けることが認められる。

(三)  また、〈証拠〉によれば、本件第二記事は、「ゼネコンから小遣い3千万円小沢秘書高橋にも金銭疑惑」「小沢後援会から月額一〇〇万円過去三年間に渡り“せしめる”」との見出しのもと、「『小沢一郎(新生党代表幹事)の威を借りる高橋嘉信(小沢公設第1秘書)の岩手ゼネコンからもらう小遣い100万円(月額)だ』―こんな怪?情報が永田町と小沢の地元岩手で飛び交っている。」「一代議士の一秘書の高橋が公設第1秘書の最高給①月給61万9491円にボーナスなどを加算した②年総額1120万円―に相当するダーティー・マネーをフトコロにしているとは―。非常識だ。オヤジ(小沢)が主張している政治改革とはこんな疑惑なカネの洗い直しが先決なのだ。国税庁よ、高橋の疑惑マネーの捕捉、追跡すべしッ。」「もちろん、いうまでもなく高橋は小沢の公設第1秘書が公式の身分だ。その小沢には在盛のゼネコン19社で組織する小沢後援会『桐松クラブ』があることは指摘した。」「この『桐松クラブ』は19社が各社1か月5万円、合計95万円、年総額1140万円の通常会費を徴収、運営していることになっている。」「役員・会員名簿に『窓口担当秘書 高橋嘉信』と銘記しているだけあって、この1140万円については手つかずに高橋に預けられている。『ご自由に使ってください』ということで……。」「同クラブはこのシステムを過去三年間行っている。となると高橋は岩手ゼネコンから総額3000万円以上もセシめていたことになる。」等の記載がある。

一般読者の注意と読み方をもってこれを見れば、本件第二記事は、原告がゼネコン一九社からなる小沢後援会組織の「桐松クラブ」から同クラブの会費名目で年額一一四〇万円を過去三年間にわたって私的に受け取っており、その金銭はダーティー・マネー、すなわち何らかの不正に関わるものであるとの印象を受けると認めるのが相当である。

(四)  なお、本件第一記事には「極秘情報飛び交う」、本件第二記事には「怪?情報」という表現が使用されている部分もそれぞれ見受けられるが、それ以外の記事の内容には別段の留保は付されておらず、断定的表現が使用されていることに照らせば、一般読者には極秘情報、怪情報の存在ではなく、情報の内容が強く印象づけられるというべきである。

(五)  したがって、本件第一及び第二記事は、いずれも原告の社会的評価を低下させる内容であるということができるので、請求原因2(二)の事実は認めることができる。

二  (抗弁1について)

1 民事上の不法行為である名誉毀損については、その行為が公共の利害に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときには右行為は違法性がなく、また、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者において右事実を真実と信ずることについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局不法行為は成立しないと解される。

なお、被告菊池主張の「現実の悪意」の法理の適用に関しては、政治家と大手企業の癒着の疑惑が国民の監視下に置かれるべきことはいうまでもないが、民事上の不法行為である名誉毀損において、報道内容の真実性ないし報道内容を真実と信じたことについての相当性は、違法性ないし責任の阻却事由であり、その立証責任は真実性ないし相当性の存在を主張する側にあるということは、従来から最高裁判所の明らかにしているところであるから(最判昭和四一年六月二三日民集二〇巻五号一一一八頁等)、被告菊池の主張が、本件において、原告が、被告らが本件記事内容が虚偽であることにつき悪意または重過失があったことの立証責任を負うべきであるという趣旨ならば、当裁判所は右主張を採用するものではない。

2  〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、本件第一記事は、有力政治家の公設第一秘書の要職にある原告が、ゼネコン疑惑に関連して東京地検の取り調べを受けたという趣旨であり、本件第二記事は、原告がゼネコンと金銭的に癒着関係にあることを報道したものであるから、本件記事はいずれも公共の利害に関わるものであることは明らかであり、また、被告菊池が本件記事を執筆したこと及び被告会社が本件記事を掲載したことは、被告らがジャーナリストとしての使命感から公益を図る目的に出たものであったことが認められる。

3(一)  本件第一記事においては「極秘情報」が「飛び交っている」との表現が用いられている。しかしながら、前記説示のとおり、読者は本件記事からは極秘情報が存在することよりも極秘情報の内容のほうが強く印象づけられると認められるから、極秘情報が存在するという形式で報道がされた場合でも、真実性の証明の対象となるのは極秘情報の存在ではなくその内容であると解されるところ、右極秘情報の内容は、原告が東京地検特捜部の取り調べを受けたという事実であるが、本件全証拠を総合しても右事実を認めるに足りない。

そこで、被告菊池が右極秘情報の内容を真実と信じたことについての相当性の有無について判断する。〈証拠〉によれば、平成五年一一月ころから本件第一記事の掲載された同年一二月八日にかけて、小沢が大手建設会社から政治資金を受け取っており、それが政治資金規制法及び公職選挙法に違反している疑いがあるとの報道が盛んになされ、小沢は市民グルレプ等から告発を受けていたこと、原告は小沢の公設第一秘書を勤めておりその政治資金をはじめとする事務全般を統括するものであるから、仮に小沢の政治資金に関して何らかの犯罪の疑いがあった場合には、真先に捜査機関の取り調べを受ける可能性の高い立場にあったこと、本件とは無関係な事件であるが小沢がA建設より受けた寄付が公職選挙法に違反するという趣旨の告発がなされた時には原告は盛岡地検の取り調べを受けたことがそれぞれ認められる。

しかし、被告菊池の取材の経過を検討するに、まず、被告菊池は最高検の関係者から取材した旨供述するが、右供述によるも、右関係者の氏名はおろか所属すら明らかにされておらず、被告菊池がそこからいかなる情報を入手したかも明らかではなく、また、右情報は検察の公式発表ではないため(弁論の全趣旨)、その信用性は低いといわざるをえない。

また、被告菊池は原告本人に取材したという氏名不詳の新聞記者から話を聞いたとしているが、被告菊池本人尋問の結果によれば、その内容は「原告は取り調べを受けたことは否定しなかった、普段は尊大な態度の原告がおどおど、応答もしどろもどろのところがあり、取り調べを受けたと判断した」という程度の曖昧な情報であり、また、右氏名不詳の新聞記者の主観が加わっていた可能性も必ずしも否定できない。

さらに、被告菊池は、原告の前任の公設第一秘書であった西田春男(以下「西田」という。)に会ったというライターの話を週刊現代のデスクからも取材しているが、〈証拠〉によれば、当時(平成五年一一月下旬から一二月上旬ころ)西田は末期の肝臓癌により自宅療養中であり、本件第一記事が掲載された直後の同年一二月二七日に死亡していること、西田は平成三年九月に小沢の秘書を辞め、その後原告との交流はほとんどなかったことがそれぞれ認められることに照らせば、西田が当時の健康状態でマスコミの取材に応じることができたかどうか、また、仮に取材に応じることが可能であっても、西田がどの程度原告や小沢事務所の事情に通じていたかという点には疑問が残るといわざるを得ないところ、被告菊池は西田にも、前記ライターにも直接取材をしていないことが認められる。

そして、被告菊池が、原告本人及び小沢事務所に対し、本件第一記事の執筆に際し、全く取材申込みをしていないことは、被告菊池本人の自認するところである。

以上の各事実を総合すれば、本件第一記事の執筆にあたっての被告菊池の取材は、不十分であるといわざるを得ず、記事の内容を真実と信じたことについての相当な理由は認めることができない。

(二)  次いで、被告菊池が本件第二記事の内容を取材した経緯について検討する。

〈証拠〉によれば、被告菊池の取材は以下のとおりであったことが認められる。

(1) 平成五年七月一〇日、「桐松クラブ会員名簿」〈証拠〉「桐松倶楽部役員名簿」〈証拠〉という表題のついた文書及び〈証拠〉から「ゼネコン選対リスト」という表題部分を除いた文書が差出人匿名で被告菊池に対して郵送されてきた。

その後、右「桐松クラブ会員名簿」等を郵送したという人物から電話があり、被告菊池は、同文書に関する補足説明を受け、原告と「桐松クラブ」の関係が深いと判断した。しかし、右人物は被告菊池に対して氏名等を明らかにしなかった。

(2) 同年一一月ころ、岩手県庁土木部の氏名不詳の課長が作成したとする「岩手県庁受注システム〈ゼネコン用〉」〈証拠〉及び「小沢センキョ本部につめた会社」〈証拠〉と題する文書が、メッセンジャーを経由して被告菊池のもとに届けられた。

右メッセンジャーの補足説明により、原告が「桐松クラブ」の会費の運営、使い方を一任されているという事実を教えられた。しかし、被告菊池は、メッセンジャーを信用し、右文書を作成したとされる課長に直接会って取材をしなかった。

(3) 同年一一月ころ、被告菊池は岩手県北上市のJR北上駅前のホテルにおいて、「桐松クラブ」会員会社の幹部社員から、同クラブの会費が年総額一一四〇万円に及び、原告がそれを自由に使用しているという説明を受けた。

以上によれば、被告菊池は右の三つのルートからの情報提供をもとに、本件第二記事を構成していることが認められる。

しかし、被告菊池に対し情報を提供した者たちは、いずれも氏名、立場が明らかにされておらず、右提供者らがどのような経緯で原告と同クラブの関係を知るに至ったか、原告とどのような関係にあるものか、及びどの程度正確に同クラブの内情を把握しているのかは全く不明である。また、被告菊池本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告菊池は以前から小沢に対し批判的な記事を執筆していたことが認められるが、そのような立場の被告菊池に対し小沢及び原告のスキャンダルの情報を積極的に報告する者は、原告に対し敵意ないし反感を抱いているものであるという可能性も大きい。

そうだとすれば、各情報提供者のもたらした情報が、必ずしも実情と一致しているかは疑問であるといわざるを得ないところ、被告菊池が、提供された情報が客観的に正確なものであるか否かについて検討を加えた形跡は認められず、むしろ、送付された文書をそのまま紙面に掲載するなど、無批判にその内容を真実として受け止めていたということができる。

確かに被告菊池が入手した「桐松倶楽部役員名簿」〈証拠〉は、原告提出の役員名簿〈証拠〉に照らして概ね一致しているが、そのことから直ちに同封されていた前記「ゼネコン選対リスト」〈証拠〉及び「桐松クラブ会員名簿」〈証拠〉の記載内容も真実であると認めることはできないというべきであり、また、「ゼネコン選対リスト」及び「桐松クラブ会員名簿」から原告が「桐松クラブ」会員各社から年間一一四〇万円の金員の提供を受けていたという意味内容は読み取ることができない。

なお、被告菊池は、メッセンジャーに前記の土木部の課長の氏名、所属を確かめたことはなく、「岩手県受注システム〈ゼネコン用〉」〈証拠〉と題する書面の中に名前の出てくる乙川土木部長ら岩手県庁の幹部に実際の受注の様子等に関して取材を申し入れたこともないなど、提供された情報の内容の正確性について、前記の情報提供者の話以外に何らかの裏付け取材を行った形跡はない。

以上の各事実に照らせば、本件第二記事が真実であると認めるに足りる証拠はないというべきであり、また、取材源秘匿義務を負っていることを考慮に入れても、被告菊池が本件第二記事の内容を真実と信じたのは、経験豊富なジャーナリストとしては軽率に過ぎたという批判を免れないのであって、結局のところ、真実と信じたことについての相当の理由も認められない。

(三)  したがって、本件第一、第二記事のいずれについても、被告菊池の抗弁1は理由がない。

三  (抗弁2について)

〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、被告菊池は豊富な経験を持つ政治評論家であること、被告菊池の執筆した記事には相当程度の信頼性があることがそれぞれ認められる。

しかし、報道機関が外部の者の執筆した文章を記事として掲載する場合、当該記事の真実性や正確性について調査をし、その表現においてみだりに他人の名誉を侵害しないように配慮する義務があるところ、信頼性の高い執筆者が執筆した記事であることの一事をもって、右義務を免れるということはできないことは明らかであるが、弁論の全趣旨によれば、被告会社は独自の裏付け取材等の調査を全くしていないことを認めることができる。

また、本件記事の見出し部分は被告会社の整理部が付けたものであることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、見出しの決定権は整理部にあり被告菊池にはないことが認められるので、被告会社は本件記事の作成に全く関与していないということもできない。

したがって、被告会社において、被告菊池の執筆記事の掲載について違法性ないし責任が阻却されるということはできず、被告会社の抗弁2は理由がない。

四  (名誉回復措置)

被告らの報道が原告の名誉を毀損するものであることは前記認定のとおりであるが、本件記事は総発行部数約二三〇万部に及ぶ被告会社発行の四紙に掲載されたこと、原告は、清廉潔白であるべき政治家秘書の職にあるが、本件記事により金権体質を強調され、その社会的評価の低下は著しいこと、本件各記事はそれぞれ東京スポーツ系列各紙に連載記事の一回として掲載されたものであること等、本件に現れた一切の事情を総合的に考慮すれば、本件記事によって毀損された原告の名誉を回復するためには、「東京スポーツ」「大阪スポーツ」「中京スポーツ」「九州スポーツ」各紙に、別紙第一記載のとおりの謝罪広告を別紙第二記載の条件で各一回掲載することを要し、かつそれをもって足りるというべきである。

五  (結論)

以上によれば、原告の請求は、前記のとおりの謝罪広告の掲載を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官滿田忠彦 裁判官加藤美枝子 裁判官中村心)

別紙第一 謝罪広告

平成五年一二月八日付「永田町の熱闘」欄の「小沢の公設第1秘書が東京地検の取り調べ受けた」という見出しの記事、及び平成六年一月八日付同欄の「ゼネコンから小遣い3千万円小沢秘書高橋にも金銭疑惑」という見出しの記事のうち、高橋嘉信氏に関する部分に事実に基づかない点がありましたので、ここに右部分の各記事を取り消し、高橋氏に深くおわびいたします。

平成 年 月 日

株式会社東京スポーツ新聞社

菊池久

高橋嘉信 殿

別紙第二から第五〈省略〉

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